恍惚/NATHALIE...

zeroxone2004-11-29

ストーリー:
ホテルの一室で、ひとりの男がネクタイを締め、手馴れた仕草で身づくろいをしている……。
その頃、彼ベルナール(ジェラール・ドパルデュー)の妻カトリーヌ(ファニー・アルダン)は、瀟洒な自宅の一室に友人たちを呼び集め、今や遅しとサプライズ・パーティーの幕開けを待ちわびていた。そう、今日はベルナールの誕生日なのだ。ところが、そんな彼女のもとに、夫から落胆の電話が入る。予定していた航空便に乗り遅れ、今晩は戻れないというのだ。こうして、カトリーヌはしぶしぶ、主役不在のパーティーの開幕を宣言するしかないのだった。

翌朝、カトリーヌが目覚めた頃、朝帰りのべルナールはすでに出社の準備をしていた。昨晩のカトリーヌの計らいを知った彼は、彼女への侘びの言葉もそっけなく家を出る。ところが、しばらくたってカトリーヌはベルナールが携帯電話を忘れていったことを、留守録の着信音で気づく。好奇心半分で、携帯に残されたメッセージを盗み聞きしたカトリーヌだが、たちまちその表情が一変する。見知らぬ女の声で「昨夜はありがとう。あなたとの夜……最高だったわ」

その日、ひとり息子と彼の恋人との夕食会もそこそこに、カトリーヌは帰宅早々、ベルナールに情事の真相を問いただす。「女性の声で伝言が。意味深なメッセージよ」。貞淑な我が妻が、メッセージを盗み聞きしたことに、表情をこわばらせるベルナールだが、意外にもあっさりと事実を認める。「よくあることさ。大したことじゃないから、黙ってたんだ」。開き直ったかのように、これが初めての浮気ではないことまで打ち明けるベルナールは、二重のショックに打ち震える妻にこう言い放つのだった。「会話のないのは君のせいだ。仕方のないことかも……時が経てば、情熱は消える」。ここしばらく、セックスレスの関係に陥っていることを指摘されたカトリーヌは、夫のセックスライフについて何も知らなかったことに愕然とし、夜が更けてもいっこうに眠りに就くことができないのだった。

翌日、カトリーヌは、まるで何かに誘われるように、半ば衝動的に、怪しげな会員制クラブ《SHOGUN》の扉を押す。婦人科医であるカトリーヌの診療所のそばにあるこのクラブの入口で、カトリーヌは客に媚を売っている女たちの姿をしばしば目撃していたのだった。
艶やかな照明のもとで、ふざけて嬌声をあげる女たち。おずおずとテーブルについたカトリーヌだったが、やがてひとりの女の姿を目に留める。ブロンドの長髪をたらし、身体の線を際どく浮き立たせたタイトな黒いドレス姿に、相手を射すくめるような大きな瞳、濃く縁取りされたアイメイク。その彼女が、カトリーヌの注文したウィスキーのボトルを手に、テーブルに近づいてきた。「一緒に飲んでもいい?」。こうしてふたりは杯を交わす。
同性さえも魅了せずにはおかない色香を湛えたその女、マルレーヌ(エマニュエル・ベアール)の美しさを認めたカトリーヌは、意を決してこう口を開くのだった。「あなたにお願いごとが……夫には秘密よ」

翌朝、カフェで待ちあわせするふたり。マルレーヌは昨晩とは打って変わって、シニョンにシックなコート姿だ。カトリーヌの願いごととは、こうだ。
「毎朝、夫の行きつけのこのカフェで、偶然を装い接近して、彼を誘惑して欲しいの」
そしてその内容を逐一、自分に報告するよう要求する。妻である自分以外の女性と、彼がどのように振舞い、行動するのか。今まで知ることのなかった夫の隠れた性癖を知るためである。
果たして、朝のカフェでベルナールから煙草の火を借りたマルレーヌは、珈琲をすすりながら、新聞に目を通すベルナールを熱い視線で凝視するのだった。

早速、初めての日の“ことの次第”をマルレーヌから聞くカトリーヌ。ベルナールから名前を尋ねられ、困ったというマルレーヌに、彼女は深く思慮した後、偽名を捻り出す。その名は“ナタリー”。「彼を惑わせて」というカトリーヌに間髪置かず、「食いついたわ、狙い通りね」とマルレーヌ。こうして、ふたりの不可思議な契約は成立する。しかし一方で、夫が彼女を気に入ったことに、策略通りとはいえ、カトリーヌは動揺していた。
その夜、新たな女と出逢ったはずの夫に、何らかの変化の徴候はないかと、カトリーヌは探りを入れるが、彼の口を衝いて出るのは仕事の話ばかりで、相変わらず会話に乏しい。ベッドに入っても、たちまち灯りを消し、カトリーヌを求めることはない。いつもの夜と同じだ。

“ナタリー”の次の報告の場所は、ホテルのバーだ。思いがけず、部屋まで行って、ベッドを共にしたというマルレーヌの言葉に、カトリーヌは我知らずのうちに感情を昂らせる。
「すぐに寝るなんて!そんなこと頼んだ覚えはないわ」
「迫ったのは彼、まるで飢えた獣のようだったわ」
あからさまなマルレーヌの表現に、面立ちを曇らせたカトリーヌは、怒りに任せるように席を立ってしまう。
心ここにあらず。ベッドに横たわり、うつろに天井を見つめるカトリーヌは、風邪をひいたと夫との外出の約束を反故にして、ひとり雨中、車を走らせる。向かうのは、マルレーヌの勤める例の会員制クラブだ。

客に太腿を撫でられているマルレーヌは、カトリーヌの視線に気づくや、二階に行くよう、目で合図を送る。カトリーヌは、しばし遅れて階上に現われたマルレーヌに、昼間の不愉快な別れを謝って、こう言葉を重ねるのだった。
「話して……その続きを」
こうして、煙草を無造作にくゆらせながら、マルレーヌの赤裸々な告白が始まる。
「無言でも目で判ったわ、私を欲しがっていると。私の胸に釘づけだった……彼は近寄ってきた。熱い吐息が私の顔に……もう勃ってたわ」
あまりにも露骨な性の報告に、カトリーヌは平静ではいられない。
「彼はすぐに抱こうとしたけど、私はじらしたの……。彼は後ろから寄り添い……私に言わせたわ、“もっと、して……”と」
ところが、カトリーヌの表情に、未知の世界に対する好奇心の色が次第に露わになる。「感じたの?」というカトリーヌの問いかけに、マルレーヌは冷静にこう言い放つ。
「仕事のときは、いつも醒めてるわ。私はプロだもの」

その日、カトリーヌは、情事の名残りが色濃く漂うホテルの一室に足を踏み入れる。ひとりシャワーを浴びるマルレーヌの裸体から、彼女の視線は、食べ残しの昼食が散らばるテーブル、そしてシーツが淫らに乱れたベッドへとめぐらせる。飲みかけのワインを一瞥して、カトリーヌはこう吐き捨てる。「“ヴーヴレ”、彼の好みじゃないわ」。「私が頼んだの」とバスルームから出てきたマルレーヌは、濡れた身体をタオルで包みながら、今日の詳細をカトリーヌに静かに話しはじめる。
「彼の手は滑らかね……ええ、柔らかで……あの奥を指でまさぐった、敏感な場所を知っている指……」
マルレーヌの言葉は、愛撫の仕方にまで詳細を極める。そして、情事の後、眠りこけたというマルレーヌが、自らの腕に塗り込んだクリームの香りを、カトリーヌにかがせたその瞬間、あたかもカトリーヌの身体に、今まで静かに眠っていたある衝動が甦ったような実感が息を吹き返した。
「起きようとしたら、私を引き留めたの。帰るな、と……ナタリーなら帰らない、そんな気が……」と続けるマルレーヌに、カトリーヌは複雑な表情を浮かべながら、「夫はいつも口だけ、あなたにもすぐ飽きるかも」
その夜、パルファンとシルクの寝間着を身に纏い、いつになく“女”を装うカトリーヌを見たベルナールは、久しぶりにベッドの中で妻を求めるが、彼女は疲れていると、夫の欲望を拒絶するのだった。

マルレーヌの告白は、日を追うごとにエスカレートしてゆく。あたかも、ふたりの関係が危険な領域に足を踏み入れたかのごとく、彼女たちの企みもまた、もはや後戻りはできないのだった。
「彼の手を取り、スカートの下に……下着は着けていない、彼はためらったわ……突然、私の身体に火が」
マルレーヌはカトリーヌをじらすように、言葉を続ける。
「彼は私を見つめていた、何か言いたげに、狂おしい目をして……彼に抱かれ、突きまくられたわ、激しく……」
そして、決定的な発言をする。
「……意外なことが起きたの……彼女も感じたのよ、《ナタリー》も」
仕事のときには快感を味わったことのなかったと言った彼女の意外な告白。「彼が憎い?」と挑発するようなマルレーヌに、カトリーヌは「さあ?」とシラをきるのが精一杯だ。

そんなとき、カトリーヌの診療所にマルレーヌが思いがけず姿を現わした。ルール違反?ふたりの間に、プライドと欲望が綯い交ぜとなった激しい火花が散り、必然的にマルレーヌの言葉も過激になる。
「私に、床に四つんばいになれと。“お前のケツにぶち込みたい”」
カトリーヌも負けてはいない。
「本当に彼がそんな陳腐な言葉を?あなたの話って、下品ね!」
緊張の瞬間がふたりの女を支配する。
「渇いているの?欲求不満ね」
「あなたはプロだけど、男がみんなひれ伏すと思ったら、大間違いよ」
売り言葉に買い言葉。カトリーヌからの報酬を受け取って、マルレーヌは最後通牒を突きつける。「これきりね!」

その夜のパーティーで、妻を残して出張に旅立ったベルナールに対して、ひとり身となったカトリーヌは、大胆にもバーテンダーを誘惑する。そして、じらすのだ。あたかも、彼女自身がナタリーになったかのように……。そして朝帰りの足で、昨日の意趣返しさながら、マルレーヌの昼の職場に顔を出す。デパートのコスメコーナーで働くマルレーヌは、エステティシャンの資格を持っていて、近いうち、娼婦から足を洗うタイミングの機会を窺っていたのだ。
「男と寝たの」
カトリーヌのこの一言に、不思議とふたりの間に親密な感情が生まれる。
「考え直したの、私たち続けない?」
思いがけず、カトリーヌの口から衝いて出た言葉は、まるでふたりの関係を一からやり直すかのように、淫らに響くのだった。

部屋を追い出されたというマルレーヌのために、カトリーヌは自ら家賃を払って、心地よいアパートの一室をあてがった。そして、こう命じる。
「当分、彼と会わないで……じらすの、おあずけにして悶々とさせるのよ」
今や積極的なカトリーヌは、まるで別の女性に生まれ変わったかのようだ。ようやく、この“ゲーム”の規則に興趣を感じ始めていたのだろう。いつしか、ふたりの関係もカトリーヌが主導権を握っていた。

そんな折、偶然路上で顔をあわせたカトリーヌとベルナールは、昼食を共にすることになった。ホテルのバーに着き、疲労困憊の様子のベルナールに、カトリーヌは「悩みでも?」と探りを入れる。「何もない、睡眠不足さ」と応じる夫に、彼女は意味ありげに“ヴーヴレ”のワインを頼む。思いがけず、ベルナールから旅行に誘われたカトリーヌだったが、忙しいと断り、こう付け加える。「何から逃げたいの?」。そして、ワインを一口すするや、「まずい」と顔をしかめる彼を見て、大胆にも哄笑するカトリーヌだった。

ある日、カトリーヌは実家にマルレーヌを招き、実母(ジュディット・マーレ)の髪の手入れを頼む。エステティシャンの卵だけに、マルレーヌの手さばきはプロはだしだ。普段は不満たらたらの母も、このときばかりはさすがと機嫌を直したようである。
その夜、かつてのカトリーヌの部屋に泊まることになったマルレーヌは、深夜、顔をみせた彼女にこう尋ねる。
「ここに男を?」
「時々ね。みんなベッドで私に夢中だったわ」
こうして、意外にもカトリーヌは、若かかりし頃のアヴァンチュールの想い出を、マルレーヌに述懐することになる。
「忘れられない男?いたわ、ひとりだけ。去ったのは私だけど」
「その男は良かった?」
「ええ、もちろん!」
知られざるカトリーヌの情熱の欠片が明らかになった瞬間だ。いつしかふたりは、秘密を共有する親友同士のような、奇妙な共犯関係を築きあげていたのだった。

またある夜は、ベルナールとともに観劇していた芝居を「気分が悪い」と中座したカトリーヌは、会員制クラブに足を運び、二階で数人の男たちと身体を重ねているマルレーヌを見い出すのだった。男に身を任せる彼女の肢体に戸惑いつつも、目を離すことはないカトリーヌ。一方のマルレーヌも彼女の視線にたじろぐことはなく、プロの仕事を続ける。複雑に絡みあう、ふたりの女の眼差し。

深夜、ベッドの上で、寝返りを打ちながらまんじりともしないカトリーヌの脳裏に、あからさまなマルレーヌの告白が、生々しく甦る。
「彼は私の上に……顔に射精したいと……あなたに悪いから迷ったけど、“して”と答えたの……恥じらいを込めて」

その朝、ロンドンに出張するという夫を送り出したカトリーヌは、早速、マルレーヌの部屋へと急ぐ。ベルを押し、しばしの沈黙の後に、マルレーヌが扉を開ける。「ここには誰も連れ込まないで」というカトリーヌに対して、マルレーヌは衝撃的な言葉を告げる。
「寝ることを望まなかったの。彼、私のことで悩んでる。嬉しいわ。性のはけ口にしたくない、私と暮らしたいって言うの」
自分で蒔いた種とはいえ、夫が自分のもとを去っていくことを実感したカトリーヌは、「あなたの正体を知ったら、彼はどう思うかしら……それにあなたと彼は住む世界が違いすぎるわ」
否定しようにも、声がうわずり、たちまち涙でむせぶのだった。そんな彼女の背後から、マルレーヌはこう囁く。「愛してるんでしょ」

その夜、まるで気晴らしをするかのように、ふたりはマルレーヌの行きつけのバーとディスコをはしごする。青春時代を取り戻したかのように、すっかり酔っぱらったカトリーヌは、明け方のタクシーの中、その頭をマルレーヌの肩にもたれかかる。そんなカトリーヌをやさしく介抱するマルレーヌは、穏やかな表情で彼女を自宅まで送り届けるのだった。
翌朝、べルナールはまるで見知らぬ女性を眺めるように、深く眠りにつくカトリーヌを見つめていた。朝帰りした妻に対して、「誰と一緒だった?」と心配しつつもたしなめる夫に、「好都合でしょ」と言い放つカトリーヌ。一体、何の話だかと、怪訝な表情を浮かべるベルナールは、「君が判らない」と妻を抱きしめるのだった。

カトリーヌは胸の裡に秘めたある決意を押し隠しつつ、マルレーヌを“SHOGUN”に訪ね、こう告げる。「彼は本気よ、私と別れる気だわ。はっきりと判るの」「思い過ごしよ。話しあってないのね?」。そしてふたりは、マルレーヌの仕事が終わったあと、いつものバーで会う約束をする。
こうして、カトリーヌとマルレーヌの錯綜した愛の共犯関係が生み落としたスリリングな官能は、衝撃的な結末を迎えることになる……。

スタッフ:
監督・脚本: アンヌ・フォンテーヌ
脚本: ジャック・フィエスキ、フィリップ・ブラスバン
製作: アラン・サルド
撮影: ジャン=マルク・ファーブル
音楽: マイケル・ナイマン
編集: エマニュエル・カストロ

キャスト:
ファニー・アルダン
エマニュエル・ベアール
ジェラール・ドパルデュー
ウラディミール・ヨルダノ
ジュディット・マーレ
ロドルフ・ポリー
エヴリーヌ・ダンドリー

公式サイト:http://www.wisepolicy.com/nathalie/